「愛犬に引かれて」 遠藤 啓

選評 :全日写連関東本部委員 中村明弘 

 斜光線が犬を連れた男性を照らし出している。明暗のコントラストの強いプリントにより男性の顔や手袋、服、ズボンも大半がその暗部の中に深く沈んでいる。暗部をもう少し見せることはたやすいことであろうが、あえてそうしないところに作者の「表現」があると思った。特に顔は帽子の影も重なり目がほとんど見えない。右目はかろうじて表情が読み取れる。作り笑いも無し、親しみを持ったものでもない。犬との散歩の途中、呼び止められ、立ち止まってカメラを眺めたというだけのもののようなのだが、それがいい。撮るものと撮られるものの、この「見る、見られる」という関係性が、「声を掛けられ立ち止まった、撮らせた」という関係だけのものだということが、かえってこの写真に深さを作っている。両足を揃えて立ち止まり、見ず知らずのカメラマンに写真を撮らせる男。堤防の暗い陰の中の白い犬のロープには、まだたるみがある。犬の方はもうゆっくり歩き出そうとしている。ほんの短い時間の出会い。この老人の孤独のようなものが明暗の強いコントラストの画面の中に浮き上がってくるようだ。左奥の後ろ向きの男性の小さな姿も効果的である。