「追いかけっこ」  中村紀子

 選評 : 全日写連関東本部委員 中村明弘

 ピクニックバスケットが揺れる…。母親の後を追う男の子。それだけの写真なのだが、不思議と心に残る一枚である。なぜだろうか。母親の顔がたくさんの矢印案内板の影に隠れてしまった。白色の矢印は右や左、さらに両方を示していたりして、決してある方向に強く働いているモノでもない。写真には邪魔なくらいの物だ。それが子供から逃げる母親の顔を隠していて、母親が左右どこへ逃げようか迷っているような印象を与えている。一方、母を追う子のはじけるような笑顔だけが見える。これも普通の写真だったら母と子の両方の笑顔を見たいところである。そうなれば、楽しい母と子の笑顔が見られて何とも幸せなことよと、一件落着となるところ。ところがこの写真は違う。母親はこのまま後を追う子を残し、消えてしまうかもしれない…。そんな一枚かもしれないと思わせるところがこの写真にはある。この作品の持つ色合いもこんな想像をさせているのかもしれない。日常の中に「フィクションの断片」をそっと忍ばせたような写真に出逢った思いである。