「一人だけの世界」 樋田 進
選評 : 全日写連関東本部委員 中村明弘
赤いマイクを持ち、自分の歌に浸りきっている男性。遠くを見つめる目には、どんな世界が見えているのだろうか。左手を腰に当てているのは、まだ少し照れがあるのかもしれない。店内の描写の一つ一つが面白く、見ていて飽きない。歌う彼にとっての最高のステージなのだろう。左にやや明るい空間があり、奥行き感もあっていい。野球帽、腕時計、革バンドと「律儀な」出で立ちで、男性後期高齢者の見本のようなこの人物の歌う歌は、何だったのだろうか。作者は被写体の正面に陣取り、低い位置からのローアングル(見上げる視覚)で、一人の男の「人生を歌う姿」を堂々とらえている。まさしく「今を捕まえた」写真である。