「築地の老人」 水野隆子

選評 : 全日写連関東本部委員 中村明弘

ただ人を撮る、ということなのにこれほど奥深いものはない。この写真にも、撮るものと撮られる者の間に生まれる緊張感、距離感が覗けて、興味の尽きないものがある。この被写体の人物の魅力は何だろうか。この人物の何がカメラを向けさせたのだろうか。ハンチング帽に大きなサングラスのこの老人の左手はしっかりとハンドルブレーキを握っている。作者に呼び止められたか。なにやら凄味を感じさせるこの男だが、親しげな微笑みすら浮かべている。撮影者との間に生まれた弛緩の瞬間が、この写真になった。バックの街とすぐ後ろの立て看板が絶妙の空間を作っていて、この肖像写真を一層魅力的なものにしている。ただ、周囲の焼き込みが必要かどうか…。もし、やるならもう少し慎重でなければならないだろう。

「築地の老人」 水野隆子